絵画 「吾妻連峰」 を母校へ寄贈

寄稿者:一般社団法人 「示現会」 理事 昭和 28 年度 機械科卒業 東京支部 渡邉良一

 1995 年(平成 7 年)8 月に JAL を定年退職しました。油絵を始めたのは在職中に会社の美術サークルや美術研究所(夜学)で絵画を楽しんでおりましたが、自分の目的には物足りず、個人的に教えてくれる本格的な絵画教室(示現会に所属する先生)に毎週土曜日基本的な絵画技法(構図、彩度、明暗、色のバランス)それを表現するための混色技、人物、静物、風景(写生)などを懇切丁寧に教わりました。その成果を得て、わずか 2 年で上野の都立美術館での公募展「示現会展」に入選するまでに上達、この年から定年になるまで会社に勤めながら趣味として 58 回出品しました。退職後は本格的に絵画業として読売カルチャー、二和美術くらぶ、絵画教室、示現会研究所絵画教室にて講師を務めております。

 ご存知の通り私の生まれ育った環境は、山に囲まれた信夫盆地、南に安達太良、西に吾妻連峰、北に蔵王、東には信夫山、四季折々の景色を見せてくれます。春は新芽の美しさ、梅が咲き、桜が咲き、リンゴ、梨の花が咲き、夏の新緑、秋の紅葉、冬は野も山も一面銀の世界、こんな中で遊んだ子どものころの田園風景を忘れる事はありません。油絵を始めたその頃、絵画教室の先生に連れて行っていただいた安曇野は、信夫盆地の山とは全然違う北アルプスの山々、その時の感動とその魅力にひかれ毎年の春秋冬に出かけました。その頃の絵は、自然に圧倒され何を描いたか気持ちばかりが先に進み見られるような絵ではありませんでした。いつか自然を自分のものとして表現できる様になればと北は北海道、南は九州の海、山スケッチに出かけ海山の作品を描きました。それらの作品は毎年個展での新作発表公募展の下絵となりました。

 長野県の風景が多かったためか、個展開催中にお客さんからあなたは長野県出身ですか、と尋ねられることしばしば、これではいかんと、ふるさとの風景吾妻山、安達太郎岳、蔵王、裏磐梯を描くようになりました。その中の作品を F100 号に描いて示現会展に発表した作品、それが母校に寄贈した「吾妻連峰」です。寄贈のきっかけは、平成 28 年度の東京支部定例総会(貨幣博物館見学と懇親会)に初めて出席した際、同窓会本部の茂木事務局長との同席でした。自己紹介やいろんな話の中で寄贈の話があり、その後メール交信により寄贈が実現に至りました。

母校へ寄贈した作品 「吾妻連峰」 と作者

一般社団法人「示現会」(ホームページより一部略)
昭和 22 年、戦後の混乱と困窮の中、石川寅治氏ら31 名によって示現会を設立、具象絵画団体として築かれた。
現在では15支部となり、東京近郊と地方が力を結集し、現在では構成員は全国(含む一部海外)で 850名を越える大きな団体、陳列も一般入選を加え 1000点を上回る作品が並ぶ。会場は、第 1 回から第 59回までは東京都美術館、第 60 回の記念展からは国立新美術館へと移り、現在に至る。

渡邉良一 画歴 (師:野生司行正)
昭和 10 年 福島県福島市生れる
35 年 (1960 年)第 13 回展 示現会初入選
36 年 日展初入選・示現会会友推挙
38 年 示現会準会員推挙
49 年 造形展初入選(北村西望先生の色紙「翔」・メダル入選記念)
50 年 示現会会員に推挙
54 年 楠の芽グル-プ展(平成 2 年まで望月画廊)
57 年 熊谷八木橋百貨店にて個展
59 年 銀座東急百貨店にて個展
61 年 浦和伊勢丹百貨店にて個展(平成 9 年まで)
平成 5 年 季の会グループ展・8 年二人展・17 年個展(ギャラリ-杉野)
7 年 銀座ボウ画廊にて個展
10 年 本八幡旭ギャラリーにて個展
13 年 フイナール国際美術展入選
13 年 山林美術協会会員推挙(山林美術会委員)
17 年 上野松坂屋百貨店にて個展・小田急藤沢百貨店にて個展(23 年個展)
18 年 サロン・ド・ブラン展(ジャン・マキシム・ルランジュ賞授賞)
19 年 三越池袋百貨店にて個展
20 年 千葉そごう百貨店にて個展
24 年 (2013 年)第一回金谷美術館展にて金谷美術館長賞授賞
25 年 日本山岳画協会会員推挙(以後毎年)
26 年 (2014 年)第67回示現会展にて大内田賞授賞
第一回・改組日展入選(27 年、28 年入選)
29 年 示現会会員理事山岳画協会会員現在に至る